五月の恋~第三話~

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アストルティア昔話 ~五月の恋~

第三話




それからさつじんきは、メイを連れて色んな所へ行った。目が見えない為に、それまで殆ど家の中から出た事のなかったメイにとって、森の虫たちのさざめき、海の水の冷たさや塩辛さ、小高い丘を吹き抜ける風の心地好さ。そのどれもこれもが新鮮であった。

メイに自作の木彫り細工をプレゼントしたりもした。非常に不格好な出来映えだったが、メイは喜んでそれを首から下げた。思えば、人を斬る以外の目的で斧を使ったのは初めてだったかもしれない。

さつじんきの身体は、メイと出会う前に比べると、 一回り小さくなっていた。とは言え、普通の人間に比べたらまだまだ異常なサイズではあるのだが。

ここ数日、さつじんきは人を殺していなかった。人間が生きる上で、食事や睡眠が必要不可欠である様に、さつじんきには殺人が必要だった。このまま人を殺さなければ、体も益々弱っていくだろう。しかし、さつじんきにはそれが少し嬉しかった。まるで自分が人間に近付いているようで。

「さつきちゃん、いいにおいだね、ここ」

さつじんきに連れられて来た花畑を、メイは大層気に入った様子だった。沈む夕焼けに照らされる、辺り一面の色とりどりの花達。目の見えないメイでも、様々な花の香りからその光景を想像できるのだ、と彼女は話した。

「さつきちゃん、あたし、いつか目がみえるようになりたいな。そしたら、またここにつれてきてくれる?きっと、すごくきれいなんだろうな」

「……ウン」

メイが光を手に入れたとして、果たしてその後もこうして一緒に居てくれるだろうか。そんな思いを抱くこと自体、傲慢なのかもしれない。ならばせめて、いつか来るかもしれないその時までは。メイを肩に乗せながら、さつじんきは少し切ない気持ちになった。夜の澄んだ風が肌を撫でるのは心地好く、いつまでもこうしていたいと、さつじんきは思った。

少し離れた木陰で、『ミックベリー』という名の若い男が息を凝らしていた。花畑に佇む、巨躯の怪物と幼い少女という歪な組み合わせの二人の様子をじっと窺っている。

「あれは…グラベルさんの…嘘だろ」

風が、止んだ。



「お前たち、本当に来るのか?」

「ああ、俺も…俺たちも戦うぞ。村長」

「もう我慢の限界なんだ。何の役にも立てないだろうが…頼む、着いていかせてくれ」

「…全く。どうせ私が何と言っても、聞かんのだろうな」

着馴れない皮製の鎧に身を包んだ村長が、やれやれと肩を竦める。

グラベルという村の守護者を失った村長の心に芽生えた感情は、この先の未来に対する不安ではなく、純然たる怒りであった。

「長く、我らの村を守ってきたグラベルが、さつじんきによって、殺された。…私は…いつしか、彼に、依存してしまっていた。今回の件についてもそうだ。彼なら…グラベルなら、この状況を、打破してくれるのではないかと。あの平和な日常を取り戻してくれるのではないかと、身勝手な期待を寄せてしまっていた。きっと私の他にも、心当たりのある者も居るだろう」

村の中央にある広場には、四十から五十代の男を中心に、二十数人の村民が集まっていた。中には女性の姿も見受けられた。散々泣き暮れた後なのか、目元に濃い隈を浮かべている。各々手に手に武器を持ち、村長の話に耳を傾けている。

空は厚い雲に覆われ、星の光は完全に遮られていた。松明の炎に彼らの表情が照らされる。皆の瞳に宿るのは、静かな決意だ。

「そんな我々の見えない期待が、いつしか大きなプレッシャーになってしまったのではないか。それかグラベルを、そして彼の家族を、死地に追いやってしまったのではないか。私は村長と言う立場にありながら、村の運命を、彼一人に、委ねてしまっていた。自身はただ嘆くばかりで何もせずに、全てグラベルに任せてしまっていた。まったく情けない話だ」

怒りの矛先は、さつじんきだけでなく、自分自身へも向けられていた。

「敵は、あのグラベルでさえ勝てなかった怪物だ。私なんかが挑んだところで、どうなるものでもないのかもしれない。分かっているんだ。そんなことは。しかし、それでも、私は戦う。この村は、我々が一から育て上げた掛け替えの無い宝だ。さつじんき等という訳のわからん怪物に滅ぼされる様を、黙って見ていられるか」

それは、あるいは自棄とも捉えられるのかもしれない。知らない者からすれば、むざむざ命を投げ捨てにいく愚かな者たち、としか映らないだろう。しかし、彼にとっては最早、理屈ではないのだ。それは村長としてだけではなく、この村を愛する一人の村民としての矜持だった。

「グラベルが殺されて以降、被害は途絶えている。仮説だが、如何に化け物と言えども、グラベル相手に無傷では済まなかったのではないか。今動きがないのが、怪我の回復に努めているからだとすると、この機会を逃すわけにはいかん。勿論、何の根拠もない、希望的観測の域を出ない話だ。しかし、元来、我々が束になって掛かろうと敵う筈もない相手ではある。僅かにでも可能性が存在するのなら、今はその、か細い希望に縋るしかない」

「でも村長、やつが何処にいるのか、目星は付いているのか」

「はっきりとは分からん。だが、これまでの被害場所の統計から、敵のテリトリーはある程度割り出せている。その周辺で狼煙を上げる。上手くいけばおびき出せるだろう。敵はさつじんきだ。近くに人間が居ると分かれば、寄って来る筈だ」

それは作戦と呼ぶには些か場当たり的なものであったが、かと言って他に代替策はなかった。

「さあ、夜のうちに動かなければ。くどいようだが、本当にいいのだな?無事に生きて帰ってこられる確率は、それほど高くないのだぞ」

「しつこいぜ村長。もう腹は括ってるよ」

「言っておくが、おれは死ぬつもりはないぞ。さつじんきの野郎を、この手で仕留めてやるつもりさ」

「ふ、馬鹿者共が。…そうだな。取り戻すんだ。私たちの手で、村を。未来を」

「ああっ。…ん、誰か走ってくるぞ」

「ハァッ、ま、待って、ハァッ、待って下さいっ、村長っ」

駆け寄ってきたのは、若い男だった。村の青年、ミックベリー。相当急いで走ってきたのか、額にはびっしりと汗を浮かべ、息も切れ切れだ。

「ミックベリーじゃないか。どうした、そんなに慌てて」

「ハァッ、ハァッ。き、聞いてください。おれ、見たんです。ハァッ…もしかすると…奴は…」

つづく。
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