我が家とヒューザ

ヒューザという男が突如としてアストルティアの各地を定期的に飛び回るようになったのは一ヶ月ばかり前の事だ。



ある程度の出現タイミングこそ有志の調査により割り出されたものの、具体的な時間とその場所のアルゴリズム(というと些か趣に欠けるが)は未だ解明されておらず、場当たり的な捜索が日々行われている。

彼は行く先々で、その日暮らし生活の末に訪れた危機的状況を打破するアイテムを求め、それを与えることにより対価としてなかなかに有用なアイテムをくれる。
とりわけ五回目のエンカウント時に貰える『肩こりのポーズ』は、現時点では此処でしか手に入れることの出来ない貴重なものだ。日夜PCに向かい合う仕事による慢性的ショルダーインシデントを患っている私にこそ相応しい一品。是非ほしい。

しかしそれは人になりたいと願うホイミスライムの寓話の如し、決して叶わぬ夢物語。私のような不定期ログインおじさんにとって五回という数字は厳然と聳え立つ絶望的な壁なのだ。ショーウインドウの向こう側にあるトランペットに目を輝かせるネグロイドの少年、私のマインドはそれに肉薄していると言えよう。



「ただいまー」「おかえり」

あれは仕事が終わり、疲れた体を引き摺って漸く我が家に辿り着いた丑三つ時の事だった。丑三つ時と言ったが実際は20時くらいだったかもしれない。まあ誤差の範囲だ。この時間になると私の空腹はピークを迎える。トルネコであればもう三歩歩けば餓死する、そんな逼迫したシチュエーション。

「ご飯、用意するね。」

メシア…私は素直にそう思った。

デッド・オア・アライブの緊張が一気に弛緩した私は、やおらスマートフォンを取り出すと慣れた手付きでTwitterを起動した。少し空いた時間の暇潰し。私にとってのTwitterはそんな位置付けだ。トントントン。台所から響く包丁とまな板のアンサンブルをBGMに、Twitterに興じるひととき。これを至福の時間と言わず何と言おうか。

そのときは突然やって来た。加速するタイムライン。飛び交うリツイート。ドクン。心臓が激しく脈打つ。現れた。現れたのである。あの放蕩野郎が。まさか。

(会えたー!ヤッター!)

いつも皆が嬉々として乗せるSSを眺めるばかりだった。まあ、仕方ないよな…自分にそう言い聞かせる日々。しかし今。手の届くところに奴がいる。この千載一遇のチャンス、逃す手は無いのでは?しかし現実は得てして非情なもの!

「ご飯できたよー」

なんたる悪魔的タイミングの妙が招いた板挟みトラジェディーか!空腹の私の鼻腔を激しくシェイクする温かいシチューの醸し出す風味豊かな香りの残酷さよ!

私は逡巡した。ここで私がヒューザを選ぶこと、それは単に空腹からの解放を先伸ばしするだけの行為に非ず!私を気遣い、急いでシチューを用意してくれた妻の気持ちそのものを凌辱する行為なのだ!それだけはやってはならない!妻のことを考えれば、私が取るべき行動は自明である!嗚呼、しかし!それが分かっていても尚抗い難いヒューザの魅力の魔性さよ!

「ダメだよ、さあ、ドラクエのことは忘れて美味しいシチューを食べようじゃないか」

「なァに多少冷めるだけだ問題ねェー!チャンスをモノに出来ねェ男に価値なんざねェぞォ!」

繰り広げられる天使と悪魔の大一番!ハッキヨイ!がっぷり四つ!ヒューザ!シチュー!シチュー!ヒューザ!私の頭の中が両国コロッセオと化した瞬間だ!刹那よりも短く、永遠よりも長いモーメント。私は掠れた声で呟いた。

「少しだけ…ドラクエさせて?」

私は泣いた。キラーパンサーに跨がり、全速力で駆けながら。妻は呆れた。ご飯よりもドラクエを優先する夫の背中に。突き刺さる冷めた視線。甘んじて受け入れよう。他でもない、私自身が選んだ道なのだから…。

こうして私はヒューザとの初邂逅を果たした。これをあと四回。辛い。あまりにも遥か高き頂。しかし私は歩き続ける。いつかアストルティアで、肩を揉むことが出来る日を夢見て──。

おわり。
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